「トロピカリア」
著者:カルロス・カラード
訳者:前田和子
初版:2006年
発行:Petit
ページ数:332
定価:1890円
読みやすさ
(文章):★★★★★
(構成):★★★★★
読みごたえ:★★★★★
初心者にも安心:★★★★★
マニアック:★★★★★
オリジナリティ:★★★★★
オススメ度:★★★★★
こちらではなんと約5ヶ月ぶりの更新!!ご無沙汰しております。こっそり再開です。
トロピカリアとは、1967~1968年にブラジルで起こった、主にアマチュア・ミュージシャンらによる革新的な音楽を広める運動で、本書はそのわずか一年間の激動に焦点を当てたブラジル生まれの本で、時系列的に当時の新聞やインタビューを抜き出しながらトロピカリアを描いています。本も大きめなら字も太く大きくて読みやすい、写真もたくさん。歌詞にある微妙なニュアンスなどの解説もその都度あって丁寧、インデックスもディスク紹介もあるということでオールマイティな素晴らしい本です。
60年代ならでは、ビートルズやストーンズの影響で、多くの国で大なり小なりのロックのうねりがあるというのはブラジルに限らないのですが、このトロピカリアの場合、当事者と外側との相関関係とか、方向性というのがブラジルだからこその独自性を持っているようです。
トロピカリアの先頭に立ったのはカエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジル。ヴェローゾが器楽を扱うことよりゴダールなどの映画に強い興味があったのに対し、ジルはテクニカルなギターやアコーディオンのプレイに秀でており、大学時代からCMソングの作曲なども手がけていた人物。まるで相反するタイプの二人ですが、共通していたのはバイーアという田舎町で育ったこと、そして、二人とも小さい頃からジョアン・ジルベルトの大ファンであったこと。そして、既存の閉塞して退屈なブラジルの音楽「MPB(Musica Popular Brasilia)」を変革しようという同志であったこと…このことが核となり、賛同する者たちによってブラジル全土を巻き込んだMPB論争を生み出すことになります。
具体的にはどういうことかというと、ブラジルには「MPBフェスティバル」と呼ばれる歌謡祭があり、大勢の若い観客が見守る中出演者が演奏を行い、作曲家などによる審査員により優劣を競うというもの。M-1グランプリみたいなもんです(爆)
そしてこの大会にトロピカリズモを標榜する連中が登場するのですが、それまでのブラジル音楽とのあまりの相違に賛否両論、くらいならまだいいのですが、意外なことに会場に来ている大勢の大学生からは罵声の嵐、審査を通ったアーティストも、あまりの野次で演奏ができない、精神的に疲弊したりしたために途中で辞退するなど、トロピカリアによる音楽は物議の的となります。
特に非難を浴びたのは、エレキギターの使用。ボブ・ディランのようなお話ですが、ブラジルでは1967年の話。結構なタイムラグがありますね。
新進気鋭なものは若者には、特に自称進歩派な大学生連中なんかにはウケがよさそうな気がしちゃうのですが、実情はまったく逆だったようです。結局、トロピカリアは両板挟みに遭う格好になったのですが、それはブラジルを取り巻く政治状況とブラジルの伝統的な音楽、そしてトロピカリズモで示された音楽の変革、それぞれが実に噛み合わないことによって起きたようです。60年代にブラジルの若者を中心に起きていた左派運動は、キューバを理想とした共産主義運動であり、保守派はアメリカからの介入を避けるため、軍部を中心とした組織によるものだったようです。そうすると、保守派からはもちろん、派手な衣装やステージングをするトロピカリアの演奏が左派からも毛嫌いをされる要因となったようです。 更に、伝統的なMPBの中にはプロテスタント的な歌も多くあり、左派からもそうした曲は好まれていたようです。実際のところ、トロピカリスタたちはブラジルの土着的な音楽を土壌に作曲しており、サンバのリズムはほとんどの曲に取り入れられていたのですが、結局、トロピカリア運動は保守的なブラジル音楽をぶち壊そうとしている、と大勢に映ったようで、初めの一年目は過酷な非難を浴びまくったようです。
しかしその一年後、再びMPB歌謡祭に出てみると、自分たち以外の歌手やグループが、まるでトロピカリアのような格好や演奏をしているのに気づきます。どれもひどいものだったそうですが、客の大勢もトロピカリア風な演奏に拍手をするようになっていた、ということです。この一年の間に、自然な形で変革は起きていた、と。当然、本家トロピカリアたちは人気が上がり、彼らの活動もこれから、というところだったのですが、なんとトロピカリアの先頭を走ってきたヴェローゾとジルが軍警察により長期拘束。軍部政権批判などを繰り返し大衆を扇動している、という言われなき容疑で、国外追放されることに。二人はそれぞれの家族とともにロンドンに数年亡命することに…。
ロンドンでも音楽活動をしLPを発表するなど、亡命を終え70年代初頭に帰国した彼らは、外の世界での活動により演奏や作曲に自信が生まれ、現在に至るまで次々の作品を発表しています。
結局のところ、トロピカリアとは、何か具体的な音楽性や表現を追求したというわけではなく、「音楽に自由な発想、創造を」という大まかな概念が、現在に至るまで生き続け、それがブラジル音楽を豊かなものにした、という形で本書は締めくくられています。後年、ワールド・ミュージックという括りが流行した頃、有名ミュージシャンが次々とブラジル音楽に注目し、ミュージシャン同士の交流などが多く生まれています。デヴィッド・バーンやアート・リンゼイ、日本でも坂本龍一やザ・ブームなど。そのことはブラジル音楽の独自性を現しています。そしてその独自性は遠因かもしれませんが、トロピカリアによってもたらされたといっても過言ではないでしょう…。
ブルース、ジャズ、ハードロック風なサウンド、シネマ、サイケデリック…あの時代にそうしたいかにもな要素を取り入れていながら、トロピカリア音楽に腰の入った優れた音楽が多いのは、サンバを中心としたブラジルの土着的なサウンドの芯の強さのおかげなのかもしれません。そして、そうした音楽を身につけた生活をし、それを愛していたトリピカリスタの精神が運動を実りあるものにしたのではないでしょうか…。
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