ビートルズをつくった男 -ブライアン・エプスタイン
著者:R・コールマン
訳者:林田ひめじ
1989年
新潮文庫
679ページ
760円
読みやすさ
(文章) ★★★★☆
(構成) ★★★★☆
読みごたえ ★★★★★
初心者にも安心 ★★☆☆☆
マニアック ★★★★★
オリジナリティ ★★★★★
オススメ度 ★★★★★
図書館で取り寄せてみたら、700ページもあるという、なんたる分厚さ…。しかしせっかくの機会なんで、2週間近くかけて読み終わりました。
「5人目のビートルズ」と呼ばれるなど(本人はこう呼ばれることを大変嫌ったらしい)、ビートルズの変遷を知る上では絶対に外せない人物、それがブライアン・エプスタインです。ビートルズのマネージャーであり、そしてアーティストのマネージメントを統括する会社「NEMSエンタープライズ」の社長でもある彼は20代の若さにして富と栄光を築きますが、ストレスや孤独に苛まれ、ビートルズ絶頂期にわずか32歳でこの世を去りました(ジャジャ~ン)。と、いうくらいしか知らなかったんですが、本書では彼の一生を事細かな取材、続々と発見された関係者との手紙をもとに描写。バックボーンや性格について、そして当時のマネージメントの方法なんてのを知ることができます。著者はエプスタインとも親しくしていた音楽ライターとのこと。
本書にそって彼の生涯をかいつまむのも大変な作業となりそうなので、本の中でも度々強調されている点を先に示しておきたいと思います。
ホモセクシャルであり、ユダヤ教徒であること
彼の人格を形成していたものとして強調されていたのが、この2点です。自身がホモセクシャルだと気づいたのは若い時のようで、その頃には両親に相談していた模様。しかし、当時のイギリスでは同性愛者であることは犯罪に当たることだったそうで、そのためこの事を隠して生きることに苦痛や孤独を感じていたようです。さらにエプスタイン家はユダヤ教徒であり、本人もその教えを信仰していたことから、同性愛とユダヤ信仰との間で板挟みに合っていた、ってことになるんでしょうか。
しかしユダヤ教徒であったにもかかわらず、彼は成功した後もイスラエルを巡る戦争への資金提供を一切拒否していたそうです。それは「普遍的な愛」という宗教の根源的なテーマに基づいたもので、宗教紛争には懐疑的だったためだそうです。そのため、フラワームーブメントには一目置いていたようで、自身もサイケなファッションを好んで着用していたんだとか。数年前までビートルズをはじめとする連中に、スーツを着るよううるさく言っていたことを考えると意外ですが。
ただ、そうした平和主義的な思想、さらに労働党支持者でもあることがショービジネス界の人間としては落第だとされ、孤立感を強める一因になったと言われているそうです。
ブライアンはビートルズの面々をそれぞれ評価していましたが、その中でも最も高く評していたジョン・レノンにはホモセクシャルであること、それにユダヤ教徒であることをネタにされ、ジョークを飛ばす時の格好の獲物とされていたそうです。ただ、そのことでジョンに言い返すこようなことはほとんどなかったとのこと。自分のプライドよりも、バンドをうまく操っていくマネージメントに心を砕いていたんでしょうか。
その後は経営についてジョージ・ハリスン、そしてそれ以上にポール・マッカートニーにはうるさく口を挟まれる場面もあったそうで、それが彼の死後に設立される「アップル」へとつながっていくんですね。しかし、ブライアンという有能なマネージャーを失った会社がどんな末路を辿ったかは、ご存知の通りです。
ざっくりバイオグラフィ
ブライアン・エプスタインは初めからアーティストのマネージメントをしていたのでもなければ、勉強したこともありません。地元・リヴァプールで家業の家具店を営んでいましたが、そこですでに現場主義的な経営で頭角を表していたそうです。それを別事業であるNEMSレコードで生かし、中~上流階級出身らしい丁寧な接客、くつろげる試聴スペース、どんなレコードも必ず取り寄せ、厳正な出退勤管理などにより地元では有名なレコードショップとなります。
そのNEMSレコードに舞い込む「マイ・ボニー」というシングル・レコードの注文。これが気になって仕方ないブライアンは自らの耳でそれを確認するべく、ビートルズの演奏を見に行き、その場で惚れ込んでしまいマネージャーになることを打診します。たしかにビートルズの演奏はその界隈では有名だったそうですが、ブライアンはその当時から「エルビス・プレスリーよりもビッグになる」と本気で考えていたそうです。本人はクラシックやサントラのファンであってポップスはほとんど分からないにもかかわらず、ヒット曲を嗅ぎ分ける感性は鋭かったそうで、ビートルズ一本釣りもその賜物といえるでしょう。
ビートルズのヒットにより、ブライアン・エプスタインの名は一躍有名に。ブライアンにマネージメントされることが大きなステータスになると言われ、音楽業界にその名を馳せていきます。その後シラ・ブラック、ジェリー&ザ・ペイスメイカーズらを台頭させて「リヴァプール・サウンド」ブームを生み出し、英国音楽史上最大の功績と言われるブリティッシュ・インヴェイジョンも成し遂げたわけですから、ビートルズとの出会いからわずか2~3年の間に人生は一変してしまいました。
ブライアンの経営哲学は、彼自身の純粋な人柄によるものが反映されています。契約したアーティストを裏切らず、本人に困ったことがあればどんな時でも駆けつける。アーティストを騙すような契約内容は絶対に作らない。物腰柔らかく誠実な態度で商談をするが、譲れない点では絶対に譲歩しない。汚い手でもなんでもござれの音楽業界からしたら異質なやり方で、社内の人間や関係者の信頼をつかんだ、という具合に本書では表現しています。
その後は薬の過剰摂取やギャンブルに溺れるなどして人間関係が揺らぎ始め、自暴自棄となり死に至ったのですが、彼の死後ほとんどといっていいほどビートルズのメンバーの口から、彼の偉業について語られないのは不思議ですね。その点について著者はビートルズに対して批判的に書いていますが、当時一世風靡しながら肝心のメンバーがその話をしないというのは違和感がないでもありません。Free as a birdの映像にもブライアンは登場しない気がするし、アップルでの失敗があるので本人たちの中では話したくないってことなんでしょうか。
…なんて具合にたっぷり学べる重厚な一冊です。ビートルズやリヴァプール・サウンドのファンにとって刺激的な内容であることはもちろんですが、案外ビジネスの心構え!みたいな一冊としてもいいかもしれませんよ。最近は破天荒ぽい経営者によるビジネス本が流行ってますから「All you need is cash」と改題して再版を…ラトルズ絶賛来日中です(公演はもう終わり?)。
最後に本書で初めて知ったことについて…ビートルズの契約をDECCAが蹴ったというのは有名ですが、実はその前にEMIが一度契約を見送っていた、という話が出てきます。ただ、その時に集められた社員の中にジョージ・マーティンがおらず、後日別の機会に彼らの演奏を聞いたマーティンが気に入りパーロフォンとの契約につながった、という経緯があったんだとか。戦犯EMIになる寸前まで来てたんですね。
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